木から落ちるくらいナマケモノ日記

ナマケモノだったら木から落ちるほどの怠け者の日記。

権利とはどこまでの事を意味しているのか

日頃、疑問に感じることがあります。それは報道の自由と国民の知る権利です。

先ごろ、ある芸能人が強姦致傷の容疑で逮捕されました。

たまたま、その容疑者は2世俳優という立場の人間でした。

容疑者は、20歳を超えた成人男性です。親の責任とは、いつまでの事なのでしょう。

たまたま芸能人という立場ゆえに、責任論が浮上するのか?

母親である女優が、記者会見を行いました。そこで質問をしたあるジャーナリストの質問内容が、あまり芳しくないということで、ネットで炎上しました。翌日には、そのジャーナリストは「不適切でした」と謝罪していました。

 

血縁関係にあるからといって、何でもかんでも把握している人なんていないと思う。

そういう面では、確かに行き過ぎた感じは、私自身も感じました。

報道機関は、国民の知る権利の代弁者という立場にあるのでしょうか?

特別な権利を持つ立場にある者という認識は、なくしてはいないでしょうか?

ジャーナリストは、言葉の暴力をふるうことにもなりかねない人たちでもあります。

警察や検察でさえ、えん罪という間違いを犯すこともないわけではありません。

他人1人の人生に大きく関わることもあり得る怖さもあります。

ただ部数を伸ばすため、ただ視聴率を上げるための報道であってはなりません。

しかし、報道の在り方を観ていると、一般人である家族のところまで押し掛けて、取材をする姿も見かけます。視聴者や読者は、本当にそこまで求めているのか、という疑問がわいてきます。身内に有名人がいるという理由で、取材されなければいけないんでしょうか?どうも今の報道姿勢には、違和感を感じずには居られません。